『CYBER』には陰影とか奥行そして作者のこだわりと思い入れが渦巻いている。

はた目にマニアックだ頑固者だと誤解されるほど、PINKはヒネクレ者じゃない。こうして話していると、正直者は損をする、なんて気分だ。
昔話に、正直ジイサンは小さい方のつづらを選ぶ、とあったけれど、今では正直者ほど大きい荷物をしょって悩むんじゃないの? と首をかしげてしまう。
PINKの荷物は”東京の混沌”で爆発寸前に膨らんでいる。その名も『CYBER』。CD対応の60分モノ、レコード盤だと1枚半というチョイと進んだ大作だ。
相変わらずの新宿の雑踏。アスファルトの大地を踏みしめる今夜のPINKは『CYBER』そのもののようである。

 

PINKの中で起こっていることがそのまま東京の縮図になりえると思う(岡野)

ところでその”サイバー”とは何じゃいな? と聞けば、これが泥沼のように難しい思想だった。いわゆる”サイボーグのサイバー”といえばポンでも分かるが岡野さんの感覚だと、それじゃあちょっと「恥ずかしい」。

岡野 「音楽のパンクとは無関係なんだけど、サイバー・パンクって言葉があるんだって。僕も詳しくないけど(笑)。で、それは昔の近未来SFのような文明批判(こんな世知がらい世の中にならないために今、立ち上がろう)とは違って、それでもそこで生きていくしかない、という現実に始まる思想なのね。批判したところで、このテクノロジーの急進も都市の世知がらさも止まりはしない、という。それより、そこに生まれるドラマやメッセージ、混沌とした都市の中の喜びや悲しみを表現する方が粋だと」

と言いつつ、岡野さんは「サイバー・パンクって言葉が出ちゃうと面倒臭くなるね」と苦笑した。横でホッピーさんが「掘り下げちゃいけない、難し過ぎる」と相づちを打っている。”サイバー”はキャッチ―な言葉として放っておくのがいちばんだと、一同はうなずき合ってホッとした。なのに、よく聞くとまだ会話は”サイバー”から離れない。

ホッピー 「僕らの長所って立体的なところなんだよね。完全にテクノを否定するんじゃなく、そこに強く肉体を入れて新たなものを作っていこうとする」

岡野 「それが僕らの公共のメッセージでもあるしね。コンピュータやめてアナログ楽器でやろう、じゃなくて、便利なものは使った方が早いし安上がりと肯定する。でも、実際に喜びを感じるのは肉体だし、そういう感動から肉体のアクションは生まれる」

どうやら”喜びや悲しみ、美への感動といった不変的なものが、テクノロジーといい関係を保ってPINKは存在する”というアンチ文明批判的発想が先ほどのサイバーと結びつくらしい。言わんとすることは簡単なのに、なぜか小難しい会話になってしまうのが、彼らのキャラクターだ。

岡野 「だからPINKの中で起こっていることが、そのまま東京の縮図になり得ると常々僕は思うんだ。よく仲が悪いバンドとか言われますけどね、その感覚自体もすごく東京的だと思う。人間関係自体に東京を感じるな」

おや、と聞き捨てならない発言に、私は反応した。初耳ですね、仲悪かったの? 目の前で並んでインド・カレー(実はビーフ・カレーを注文したのに間違われてガッカリ)を食べている2人の間には、一皿の福神漬け。その福神漬けがどことなく緊張している。

岡野 「仲いいよね」

ホッピー 「ねっ」

なんだ。でも、よく見るとお互い、少しずつ避けて座っているフシが。

ホッピー 「ホントは嫌いですからね」

岡野 「ニオイが移るから(笑)。強いんですよ。ウチ。それぞれ言い分があって。前はなんとかしてまとめようとしてたんだけど、無理だってことが分かったの。不可能だし無意味だってね。それより個人個人、孤高のポジションをとって、微妙な力関係を保ちながら混沌としている方が面白いって」

要するに、仲が悪いとはそういう意味なのか。なんだ、そんなことならドンドン悪くあってくれた方がPINKらしい。人ごとだからと言うわけじゃなくて、それことPINKのため日本のため、ホントホント。

 

”僕らの悲劇は自分の一番好きなことを職業にしてしまったこと” と岡野は言い放った

それもあってか今回の『CYBER』にはデコボコが多かった。個人のキャラクターが明確に出て、聴いただけで誰の曲だかピタリと分かる。いわゆるバラエティに富んだ作品と言ってしまえばそれまでだけど、彼らの場合にはそこに陰影とか奥行き、そしてまた作者のこだわりと思い入れが渦巻いているのが特長だ。

岡野 「作品のカラーはバラバラだけど、詞の方で統一感を出してる」

作品がバラバラ。これは実は、各メンバーが曲を書いたことに起こった結果だ。これまでのPINKは「視点がバラけるとツライ」という理由もあって、福岡ユタカがほとんどの作品をひとりで手掛けていたのだが、今回初めて、「実験的に」なってしまった。それというのも、「みんな前々から曲を書きたいなって希望はあったけれど、あんまり積極的に出なかった」部分が、CD対応という1点にパカンとはじけてしまったらしい。
CD対応とはつまり、”60分可能”ということだ。これまでの40分の制限から20分間、物理的フィールドが広がったということになる。以前9~10曲しか入らなかった1枚の作品に、今回は14曲収録されるとなれば、4~5曲遊びを入れたところで体制にそれほど響くこともない。(ちなみにCD保持者はホッピーとカメちゃんの2人だけなんだって、アラ!)
けれど、それ以上の理由があることも正直者のホッピーさんは隠さなかった。

ホッピー 「今回プロデュースをやった佐々さんが、3枚目で”メロディーを前へ出そう”と提案したのだけど、それをやり過ぎたために地味なものになってしまった(笑)。彼の提案としては、”ここは原点に戻りPINKの良さを出そう”と言う」

まったく佐々さんと言われたって、読者の人は知らないってば。ホッピーったら可愛い奴!

ホッピー 「やっぱり1枚目の評判が良かったのは、”パワーがあって、まとまりはないけど冷たさがあって”という点だったらしいのね。いろんなメンバーのキャラクターがニョキニョキ出てた点が魅力だったと。そこで今回は原点に戻って、各メンバーにスポットを当ててみようとなったわけ。ヘンなキャラクターを破壊して、新たなモノに挑戦する前向きな姿勢が今回はある」

変なキャラクター? それはどうやら3枚目のメロウ路線を指しているようだった。かと言って演奏をビシバシ目立たせるのが良いかと言えば、それも首を横にふる。

ホッピー 「僕ら、演奏するだけの満足って、あんまりない」

岡野 「作品に対する思い入れはないからね」

意外と言えば、意外な答えだった。「メロウが嫌い」と言ったって、例えば前回のシングル「KEEP YOUR VIEW」はヒットした。

岡野 「ああいうのは嫌いです(笑)」

やけにキッパリしている。あの曲で一般少年少女がPINKを聴くキッカケをつかんだのは確かだが。

岡野 「うん、成功を無視してるわけじゃないけど。すべての人に分かることがもしポップならば、どうかな?と思うね。分かりやすくすることは、分かりにくい部分をはぎ取る作業になりかねない。その難解さがポエジーやカッコ良さなのに」

そういうわけなのだ。難しい思想の話も、”正直者”と言った意味も。そして2人は、東京の混沌の中で自分たちが感じる”ストレス”について熱心に話し始めた。「だから、世の中のストレスが全部、爆発すればいい」と岡野さんは最後に言い放った。「僕たちの悲劇は、自分の一番好きなことを職業にしてしまったこと」
夢に妥協できない正直者は、もしかして大きなストレスをしょっているのかも知れない。皮肉なことに、それが都市のドラマという奴なのだ。

(インタビュアー・三浦雅子/撮影・青木茂也)

「ARENA37℃」1987年11月号