クリスマスシーズンなので映画「戦場のメリークリスマス」に関する記事をご紹介。
これは、ニコラス・ローグ監督の「ジェラシー」(原題:BAD TIMING/1980年)という映画のパンフレットに掲載されていた映画監督・大島渚の寄稿で、後にセリアズを演じたデヴィッド・ボウイや、プロデューサーのジェレミー・トーマスと初めて会った時のエピソード等が紹介されている。
1981年12月発行「シネマスクエアマガジン」
昨年の10月の末、私はシティ・マラソンと大統領選でわきたつニューヨークにいた。デヴィッド・ボウイに会うためである。
1978年の暮れから準備をはじめた「戦場のメリークリスマス」は一向に前へ進まないのだった。金がかかりすぎるということもあったが、主人公の英国軍将校があまりにも美しく描かれていることも難点のひとつだった。いったい、こういう役者がいるのかね?
ふと、デヴィッド・ボウイに思い当たった。聞いてみると、人を介したりせず直接交渉した方がいいだろうということだった。早速手紙を書くとシナリオを読みたいと言ってきた。シナリオを送るとすぐ、興奮している、すぐ会いたいと返事が来た。
ニューヨークへ着くと、彼は出演している舞台の「エレファントマン」の切符まで用意して待っていてくれた。
舞台も彼本人も想像以上にすばらしかった。事務所であった彼は、シンプルな白いシャツでもちろん素顔だった。コーヒーでなくグラスで水を飲んでいた。
すばらしい脚本だ、ぜひ出たいと言ってくれたが、ただ英語のセリフは練り直す必要があるだろうと言った。無理もない。私が日本語で書いたシナリオを英語に訳したのは、映画の専門家ではなかった。
誰かいいライターを知らないかと聞いてみたが、彼は控え目な性格らしく、とり立てて名前をあげなかった。しかし、自分が出演した「地球に落ちてきた男」の監督ニコラス・ローグと、そのグループは信頼していると言った。(★「戦場のメリークリスマス」の脚本は大島渚+ポール・マイヤーズバーグとなっており、マイヤーズバーグは「地球に落ちて来た男」の脚本を担当している。)
ボウイとの会見が終わると、もうニューヨークではすることがなかった。映画でも見るか、私は「ニューヨーク」誌の映画欄を探した。順当ならばゴダールの新作を見るべきところである。
しかし私はボウイに会うという緊張が解けてホッとしたところだった。もう一度緊張するのは厭だった。楽な気持ちで見たい。そうだゲテモノを見よう。
そして選び出したのが「エレファントマン」とニコラス・ローグの「バッド・タイミング」だった。「ニューヨーク」誌には「バッド・タイミング」はこう紹介されていた。
「苦悶に満ちたセックス。ウィーン。デカダンス。そして緊急手術。ジャン・ギャバンが彼の全作品で喫ったよりもっと多くの煙草を喫うアート・ガーファンクルはウィーンに住むアメリカの精神分析学者。彼が厄介な出来事にまきこまれるのは、血のように赤い口紅をつけセックスに飢えた女テレサ・ラッセル。欲望と自己嫌悪、サディズムとマゾヒズムが果てしない冒涜の雰囲気の中にからみあう。てらいに満ち、ひどい演技の、不合理なまでに強熱的な映画で、特にテレサ・ラッセルのオーガズムと手術台の上の彼女の断続的にけいれんする肉体のカット・バックという、古い大胆すぎる手法が際立つ」
ちょっと見たくなるではないか。しかしニューヨークには雨が降り、雨に弱い私が見たのは「エレファントマン」だけだった。
日本に帰ってまもなくヘラルドの原正人さんに会った私は「エレファントマン」を買ったらどうですかと言った。そしたら、すでに東宝東和が買ったという返事だった。節操のない私は、やがて東和の富岡宣伝部長に自ら申し出て、宣伝に一役買うことになるが、それはのちの話である。
原さんに会っていたのは、「戦場のメリークリスマス」の出資者を外国で求める仲介を頼んでいたからだったが、まもなくロンドンの吉崎道代さんから吉報がとどいた。
ジェレミー・トーマスという若いがイギリスで次の世代をになうと言われているプロデューサーがぜひやりたいと言ったという。30歳になるやならずで、すでに5本ばかりつくっているが、なんとその最新作は「バッド・タイミング」! いやあニューヨークで見とくんだったと思ったが、あとの祭。
そして今年の1月、アボリアッツ映画祭の審査員の仕事をすませ、パリへ帰ってジェレミー・トーマスと初会見ということになる。吉崎さんと一緒にロンドンから飛んで来た彼の宿舎は、最高級ホテルのひとつであるモンソー。いささか緊張して待っている私の前にエレヴェーターの扉が開いて現れた大男は、なんと見たことのある顔だった。
「なんだ、お前か」
とは、言わなかったが、彼も私がおぼえていたので一安心。実は78年のカンヌで私が「愛の亡霊」の監督賞をもらった時の受賞仲間だったのである。彼がプロデュースしたスコリモフスキー監督の「シャウト」は審査員特別賞。やや赤いちぢれた金髪の彼とは、たしかにお互い変な髪だと笑い合った記憶があった。
「バッド・タイミング」を見てなくて残念という話から、当然ニコラス・ローグの話になり、ローグはインタヴューなどで、どの監督の作品が好きかときかれると決まってオオシマには親近感を持ってると答える由。へえーという感じだが、まさか俺は持ってないというわけにいかず・・・・・。正直なところ私には「地球に落ちて来た男」はよくわからなかったのだ。それにしても「バッド・タイミング」を早く見たいなあ・・・・・。
ところが不思議な縁というものはあるのであって、「バッド・タイミング」はヘラルドの配給で「ジェラシー」という題で日本公開されることに、私はいち早く見せていただくことが出来た。
さて、どうだったかって?なるほど、なるほど、と、私にニヤニヤしながら見た。それにしても参ったのは、クリムトが使ってあったことである。お恥ずかしいが、普通は画を買わない飾らない方針の我が家に、クリムトとエゴン・シーレはあるのである。
ほんものかって?冗談じゃない。ほんものだったら、とっくに売り飛ばして、「戦場のメリークリスマス」が出来ている。
(映画監督)
「ジェラシー」ポスター

「戦場のメリークリスマス」パンフレットより








