椎名桜子(しいな・さくらこ)を知っているだろうか。昭和の終わりから平成の始めにかけて、一時的に脚光を浴びたタレント的な作家。

最初に彼女を目にしたのは、雑誌アンアンの着物の特集号。(1987年5/22号)
この時期、アンアンは年に数回、着物特集の号を出していた。バブルな時代である。
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椎名桜子は、1987年5月に発行された夏の着物特集号の中で、「きもの大好き!」という記事に登場している。他に取り上げられているのは、島崎夏美(モデル)、松本伊代(歌手)、安野ともこ(プランナー)、桐島かれん(モデル)、髙木沙耶(女優)、野口佳香(スタイリスト)、戸川京子(タレント)という顔ぶれ。
紹介文は「作家。成城大学在学中。現在、17歳の女の子の目を通して現代の家族像を描いた処女作を執筆中」となっている。
まだ1作も書き上げていないのに、「作家」として紹介されており、これが後に彼女が叩かれる原因となったらしい。作品よりも彼女自身を売り出す方が先行していて、タレント的なイメージが強かった。”女子大生”がやたらともてはやされていたのは、この頃だったっけ・・・?

 

1988年にマガジンハウスから出版されたデビュー作「家族輪舞曲(ロンド)」。
表紙には彼女自身のモノクロの写真が使われている。「著者近影」の説明には、雑誌のグラビアページみたいに、スタイリスト、ヘア&メイク、カメラマンの名前、洋服の金額、ショップ名と電話番号まで記載されている。

肝心の小説の内容だが、当時友人から借りて読んだきりだったので、おぼろげにしか覚えておらず、メルカリで購入して再読した。
主人公は17歳の高校生。両親は離婚しているが、不自由のない暮らし。冷ややかな母と一つ違いの妹との生活。時々会う父は、そのたびに違う女性と付き合っており、年の離れた異母弟がいる・・・といった設定で、彼女の目を通した出来事が淡々と描かれる。彼女はややファザコン気味で屈折しており、煙草、お酒、睡眠薬、2つ年上の彼氏と、いわゆる優等生の良い子ではない。
主人公の名前は翠子(みどりこ)、著者の名前は桜子(さくらこ)、表紙の本人の写真といい、読んでいるとどうしても主人公のイメージは作者自身と重なってしまう。この作品が椎名桜子の「私小説」だったのかどうかわからないが、著者自身を投影しているように読み手に思わせるような見せ方をしている。

 

本の広告に「サガン風の優しさと残酷さ」とコメントしているのは、フランソワーズ・サガンの作品の翻訳を手掛けた朝吹登水子氏。サガンのデビュー作「悲しみよ こんにちは」は、それこそ17歳のセシルというブルジョアの小悪魔的な娘が主人公である。椎名桜子をサガンとダブらせて、早熟な天才女流作家のイメージで売り出そうとしたのかもしれない。そこそこ美人で文章が書ける椎名桜子は、新人作家として売り出せる魅力的な素材だったのだろう。

その時、その年齢だったからこそ書ける文章がある。この小説の物憂げで投げやりな雰囲気はちょっとフランス映画っぽくて、登場人物たちには生活感が無く、無機質なモデルルームに住んでるような感じ。年をとった今の自分が読むと気恥ずかしくなるようなセリフもあり、深みは感じられないが、作品そのものは叩かれるほど悪くないと思う。著者の売り出し先行で世に出てしまったので、きちんと評価されるような読み方をしてもらえなかったかもしれない。
この後、数冊本を出してはいるが、デビュー作ほど話題にならず、私も他の作品は読んでいない。

「家族輪舞曲」は翌年映画化されたが、椎名桜子は脚本(他の方と共同執筆)&監督にも名前を連ねている。
自主映画を製作した経験はあるようだが、いきなり映画監督とは強気というか無謀というか・・・本人の希望だったのか、あるいは周囲から持ち上げられたのか。

 


「椎名桜子 映画監督」の文字を見た時には、さすがに「本職が見たら怒らないか?!」って思った記憶が・・・・
CMの冒頭でいきなりスポーツカーが炎上するが、原作にはそのような場面は無い。

 


髪型はセシルカット(映画「悲しみよこんにちは」で主人公セシルを演じたジーン・セバーグの髪型)を彷彿とさせるベリーショート。

 


アンアンの隣のページに載っているのは戸川京子(享年37歳)。
共に濃い紫系の着物をまといショートカットの二人はとてもキュートで、20代前半の瑞々しい美しさに輝いている。
若さ故の自信、夢、野心、傲り、危うさ、儚さ、脆さ・・・そんな言葉がよぎって、ちょっと悲しくなった。

 

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