1985年のライブ音源のリマスタリングCDが2005年にリリースされた。
ライナーノーツには渋谷ヒデヒロ氏への献辞が記されている。

 

ショコラータに関する今日の印象を短く

古代ギリシャのブロンズ像、踊るサテュロスを見た。イタリアのシチリア沖の海底で2000年余りの長い眠りから、偶然に漁師の網にかかり呼びさまされたものだ。その静止した姿には両腕も無く片脚も無い。失われた右脚を軸にして回転しながら踊っているのであろう胴体部分のねじれ、そしてその陶酔し虚空の一点を見詰めた顔の表情を見た時に、時間も、空間も、あらゆる意味で掛け離れた存在であるはずのこの像、踊るサテュロスがショコラータと重なって行った。完全なサテュロスは、左手にに飲み干した事を示す空になった酒杯をかかげ、酒神ディオニュソスの聖獣である豹の毛皮をかけ、右手にはやはりディオニュソスの持つ物である松笠の飾りの杖を持ち、祝宴の酒に酔い、声を上げて狂言回しの様にくるくると、有頂天になって踊るのだ。そして、この眼の前のブロンズは、ショコラータの持つ沈黙のエクスタシーに類する物だ。20年振りにさながら海底から引き上げられた様に、新鮮な驚きを持って登場したこの奇跡的な1985年名古屋でのライブ音源は、今ではほとんど残されていないショコラータの絶頂期を記録した貴重なものであり、今最もリアルな音源的、文化的な意味を感じるものだ。数々の場面が取り留めも無く頭の中を駆け巡るばかりだが、ショコラータの強力な個性は、80年代の少しは音楽やファッション、そして美術的な事に興味が有って、それを何かの形で表したいと考えていた若い人達の概念、つまり芸術とは、とかファッションとは、とかを夢想していた僕らの横腹に、西洋音楽の根源的な流れの中からのイタリア音楽、そしてイタリア古典アリアとロックミュージックのマリアージュ、さらには東洋の日本人の香料をその中心部分にきっちりと溶かし込んだ希有なショコラティエ、ショコラータのオリジナルメンバーであり夭折の天才ギタリスト渋谷英広が生んだボンボンショコラの様なショコラータミュージックのレシピは、短くも重いダメージを与えた。未だに解き明かされず、当時でも再現が困難であったように、今日ではもう不可能な音楽世界である。僕らはただただその無邪気とも言える崇高な音の一撃に理由もわからずに平伏して、踊るサテュロスの情熱的な沈黙を持ってその音楽の波に身も心も委ねていた。ショコラータの音楽は、優れたグループでありながら、そのケミストリーの出来、不出来が極端で、奈落の底でむずむずと蠢いていたかと思うと次の瞬間には青い空の高みにまで一気に昇り詰める噴水の様な一種不思議な緊張感の爆発と霧散が見られた。

ショコラータがグループとして活動した期間は2年程であったと思う。ライブを数多くこなそうとしたグループでは無く、このライブアルバムはいかにも極上のショコラータらしく両極端なものだと思う。あの時代のカリスマとしてのショコラータ。霞町界隈や六本木インクスティック、原宿のナイトクラブ、ピテカントロプスエレクトス等の音楽とファッションの最先端を形作り彩った人々の銀河の中心部に出現した超新星。ショコラータのステージにはいつでもたっぷりのドレープを寄せたカーテンや古代風の書き割りのセット、そこにメンバー達とショコラータを象徴するヴォーカリストかの香織のピンクと金色の魔法、白と黒のドレスのおまじない、紙で作ったコスチュームや金モールの安っぽいティアラ、スパンコールの帽子、数々の仮面、ピンポン玉の飾りの付いたチュール、先の尖ってくるりとまいた靴と、バレリーナ風のあるいはアルルカン風のダンス、その右手に回転するミラーボールが付いたステッキ、または金色のオブジェに仕込まれたストロボが発行する仕掛けを施したステッキを持ち、左手には赤い手袋、その掌には星とハート型のアップリケが有り、胸に下げた小さな金色の手鏡を反射させながらステージ上で抱き上げ愛撫し、共に歌っているかの様に演技する指人形や抱き人形。その都度変化する可愛らしくもインパクトのあるステージ衣装や美術は、常にメディアやファッション関係者の注目を集め、そんなステージの最前列には、かの香織のコスチュームを取り入れた娘達が立像のように位置を占め、静かな狂乱に酔っていた。客席には当時の名だたるデザイナーやミュージシャン、アーティスト達が顔を見せた。坂本龍一、高橋ユキヒロ、立花ハジメ・・・彼らは会場の熱気と紫煙の奥の方から。チェッカーズのメンバーや何人かのアイドルタレント、モデル達は人ごみの中に見る事が出来た。デビッド・ボウイやブライアン・フェリーそしてその音楽のアイデアをショコラータから得たのではないかと噂されたマルコム・マクラーレンらも見に来ていた。両腕も無く、片脚も無い踊るサテュロス。その左手の見えない酒杯に酒を満たし、見えない軸足でもう一度くるくると踊ろう。イメージのステージで。

2005年3月1日 星のアトリエにて
ミック・イタヤ