8年に及ぶサウンド研究が実を結んだ『ヒート・ミー』。
圧倒的クオリティーはシーンに一石を投ずるか、それとも評論家の推薦盤で終わるか?

(インタヴュー=増井修/撮影=宅間國博)

PINKの岡野ハジメとサロン・ミュージックの吉田仁の2人によるユニット”QUADRAPHONICS”のデビュー・アルバムがついにリリースされた。このユニット、実は8年前にすでに存在していたものであり「やりたい事をやりたい時にやる」というノリで、気の向くままにレコーディングが続けられていたのだ。
そもそもこの2人、明治学院大学の同級生で「現代音楽研究会」というサークルにて出会ったのが始まり。以来、それぞれの自宅に設営したスタジオで「音の交換日記」が始まった。メイン・コンセプトは「ポップと実験音楽の融合」といういかにも学生っぽいものだった。
ところが、そういう閉鎖的な世界に自足できるほどこの2人、ウブであろうはずがない。出来上がった『ヒート・ミー』は、シロウトを寄せつけぬ超マニアックな洋楽フレーバーの傑作となった。日本のロック・シーンからは完璧に遊離しているが、それゆえの批判的スタンスと斬新な発想を語ってもらった。

▼当時からすでにクアドラフォニックスとしての将来的なヴィジョンっていうのは考えてたんですか。

岡野 「将来的っていうじゃないけど、発表することは常に考えてたから。レコーディング・システムとか、ディストリビューション・システムとかの問題点について最初から考えてたから。まだその頃はインディーズとかも全然活気がなくて、レーベルもほとんどなかったのね。で、インディーズのことはすごい考えたね、´80年代の初頭は」

▼その問題点について少しくわしく話して下さい。

吉田 「まず、レコーディングっていう段階でね、どうしても日本の音が気に入らないっていうのがあってね。つまり、技術者が技術者然としすぎていて、アーティスティックじゃないんですよ」

岡野 「この2、3年じゃないかな、日本のエンジニアリングが世界的レベルに達したっていうのは。昔から機材はすごく良かったんですよね、日本のスタジオって。なのに音、めちゃくちゃしょぼくて、いつも喧嘩してたのね、エンジニアと。で、カセットの4chのMTRで自分でやってみたら、すぐに出来るわけ、自分の思った音がね。『カセットで出来るのに、なんでスタジオで出来ないの』みたいなことになって。それがクアドラの発祥、とも言えますね」

▼あと、レコーディングにお金がかかり過ぎるぞ、とか。

吉田 「それがある。日本てさ、結局、安くていいものよりもさ、ダメでも高いものの方が有り難がるわけ。それは業界でもそうなんだよね。例えば、クアドラがすごいロー・コストで他のものよりも絶対的にいいものを作ったとする。で、たとえば、めちゃくちゃ売れてる歌謡曲系のロック・バンドがムダな金を大量に使ってどうしようもない作品を作ったとしても、レコード・メーカーとしてはさ、売れる売れないは別として、お金がかかってる方が有り難がるし、受け手も有り難がるという」

岡野 「これを業界用語で言うと”広がりがある”(笑)って言うんですか。最初は、とにかく、制作費を安くあげなければ音楽的に未来はないって僕は思ってたのね---今でもそう思ってんだけど。で、ロー・コストでいいもの作って、ある程度売れて、会社の利益も上がれば、みんな幸せだと単純に思ってたのね。ところが『これで”ピース”でしょ』って言ったら、それが”ピース”じゃなかったのね。みんなが興味があるのは産業として”広がりがある”かどうかってことの方だったんだよね。つまり、いっぱいお金をかければ、いろんな人が出入りしてくる、と。みんな潤う、と。華やかな雰囲気がして売り易い、と」

▼なるほど。そしたら最低ですね、クアドラは(笑)。2人だけだしね。

岡野 「だから、僕らが当初考えていたことは間違いだったのね。結構ショックでね。それからまた、色々、あの手この手を考えましたけどね。---でも、やっぱり僕は最終的に、今の制作費は高過ぎると思う」

▼ではここで主要曲を少し解説していただきたいんですが。1曲目”アポカリプス”はSMっぽいムチの音から始まりますね。

吉田 「ちなみにたたかれてるのは岡野君本人です(笑)」

岡野 「身を挺してますよ、本当に。血が出るまで(笑)」

▼どいういうテーマなんですか。

吉田 「詞のテーマはね、結構、何ていうのかなぁ、意味性よりも言葉の響きからくる映像みたいなものが見えるようにしようと思ったの」

▼このアルバム全部そうですね。

吉田 「あぁ、そうかも知んない」

岡野 「この曲の詞とか、自分のナルシスに眩惑されてしまっているって感じじゃないのかな。ナルシスってのは自分に無いもの、ね。本当のナルシズムってのは自分を見たくないってのもあるんですね、半分ね。鏡を見て悦ぶんじゃなくて、何かを見たときにそれが自分の鏡になるっていう。例えば花を見て”美しいな”と思ったときに、それは自分の鏡として映っている。美と合体することによって、自分が理想のかたちになれる。そういうものに眩惑されてるって感じ」

▼難しいですね-(笑)。わかったような、わからないような。では次の曲、”ヴァイス・ア・ラ・ヴィ”ですか。

吉田 「罪とは何か、ということをね、ちょっと考えていたことがあって、罪っていうのは、その罪を犯したときに初めて罪から解放されるものではないか、というオスカー・ワイルドの言葉を読んで、なんかすごく考えさせられることがあって、そういう時期に作った曲で・・・・・。それと、すごい”あつい”っていうイメージ」

岡野 「夏の暑い炎天下でずっと立ってて。で、暗いとこに急に入ると何も見えなくなっちゃうでしょ。あの瞬間ってイメージだったんですよ。貧血で倒れる瞬間っていうかね」

吉田 「結構、ヴィスコンティの撮った映画版の『異邦人』の、あのイメージがちょっとスライドする」

▼B1インストルメンタルの”アンタイトルド”。

岡野 「これは32小節のワン・パターンのみで成立してるポリ・リズムの曲でね。今年の夏にティルタ・サリっていうトップ・クラスのガムランのオーケストラが来て、世田谷美術館でコンサートをやったんですよ。それを観に行ったんですよね。で、それでインスパイアされたんだけど。アジアのポリ・リズムってのはすごい複雑で、全部周期なのね。いくつかの楽器が、それぞれに4拍子だとか、6拍子だとか、3.5拍子だとかっていうひとつのシークエンスをずっと押し通して奏でてるわけ。で、どんどんずれていくわけ、拍子が違うから。レコード・プレーヤーの横に、回転数を調整する目盛りが―――ストロボっての?---こう灯がついてて、チラチラするのがついてるでしょ、同調すると止まって見えるっていう。あれと同じ効果でね、周期の干渉によってひとつのビートが生まれるってのがガムランの基本構成なんですよ。それを目の当たりにしてね、すごいびっくりして、で、ちょっと実験してみたくなってね」

▼う―ん、なるほど。理論家ですね、結構(笑)。

岡野 「わかってんですか?(笑)」

▼ラスト、”バースデイ・ソング”。

岡野 「これは、僕がある友達に誕生日プレゼントとしてかいた曲があって、それをそのまま、吉田に詞をつけてもらって。この詞がめちゃくちゃ好きなんだよね」

吉田 「結構ね、何て言えばいいかな」

岡野 「あなたの代わりに僕が齢をとろう。あなたは若く、美しく、そのままいなさい。僕はあなたの靴にキスをしますっていうね(笑)。そういうマゾヒストの歌なんです(笑)。これはもう完全にマゾ・アルバムでしょう、一言で言ってしまえば」

▼(笑)なんですか、そのマゾ・アルバムというのは?

岡野 「マゾヒスティックな悦びを知らない限り、サディスティックな悦びは知りようがないって僕は思ってんだよね。で、世の中の関係性ってのはその2つで全て語ることができると思う。マゾヒスティックなベクトルとサディスティックなベクトルとそのどちらでもない下らないものっていう、ね。で、今回は、マゾヒスティックな方が強く出てるアルバムじゃないかな、と」

▼で、これだけクオリティーの高いものを作ったんですが、これは売れるでしょうか。

岡野 「うん、そりゃ売れたい。すごく」

▼あのー、サロン・ミュージックが六本木WAVEで一番売れてる邦楽だという(笑)、めずらしいポジションにいますけど。

吉田 「(笑)クアドラもとりあえずはそういう形になるんじゃないかと僕は思ってんですけど(笑)」

岡野 「(笑)パイド・パイパーで一番売れてるとか(笑)。UKエジソンで一番売れてるとか(笑)。まずいなそれじゃ(笑)。そういうのはちょっと・・・・・困る」

▼今後、クアドラフォニックスは定期的に活動していくんですか。

吉田 「継続的に。定期的と言うより」

岡野 「次のリリースが来年の春になるか、2年後の夏になるかってのは全然わかんないんだけど、ずっとやり続けたいですね。やりたいこともいっぱいあるし、ネタはつきない、生きてる限り」

(ROCKIN’ON JAPAN記事)