彼らは決して安住しようとしない。音楽的冒険を続けている。単なる個性のせめぎ合いを越えたバンド・サウンドを求めて・・・・。
奇妙な音楽の旅を共にする男たちーーーPINK

日本のロックの行方に関わる彼らの可能性

過大評価のバンドがこれだけあふれている日本の音楽シーンの中で、皮肉にもPINKは正当に評価されていないバンドの一つだ。
デビュー当時は、メンバー一人一人がアレンジャー、プロデューサーとしての才能を持った人間ばかり、というところから”ムーンライダースっぽい”といった全く的はずれな表現があったりしたが、PINKの場合、どんなに一人一人の個性が強くても、最終的にはバンドという形態の中で生まれる、単なる個性のせめぎ合いを超えた、他のどんなバンドにも出せないサウンドが身上だ。

マシンのようにジャスト、かつ日本人離れしたパワフルなドラミングで全体にスケールの大きなビート感を作り出す矢壁アツノブ。
ブ厚く太い音でPINKの持つ下半身ノリのファンクっぽい部分を受け持ち、限りないウネリを有するベースの岡野ハジメ。
極彩色の音色とフレーズ、クラシカルなプレイも含めて、マッド・プロフェッサー的アクションでキーボードを生き物のように操るホッピー神山。
まるで自分の分身のように散りばめたパーカッションを手足として、音の中に陰影を刻み込んでゆくスティーヴ衛藤。
そして、日本語の歌詞を決してベタつかせることなく美しいメロディーに乗せて響かせ、アグレッシブな曲から繊細な曲までを歌いこなす、ボーカルの福岡ユタカ。
(ギターは現在、ゲスト・ギタリストとして逆井オサムが担当している)

これらのアクの強いメンバー達によって、比類のないPINKサウンド、それも日本だけでなく世界的なレベルでも通用するオリジナリティの高いサウンドが打ち出されている。
振り返ってみると、3、4年前、新宿のツバキハウスによく出演していた頃は、ディスコ向けの選曲ということもあるが、ガチガチのダンス・ナンバー、それも壮大なウネリを全身にみなぎらせた強力な曲を引っ下げ、正に驚異的なバンドとして恐いもの知らずのステージを展開していた。
その頃に培われたバンドとしてのスケール感が、PINKの1st.アルバムのダイナミズムへと引き継がれていく。

1st.アルバム『PINK』(’85)で聞かれる驚くほどに完璧な整合感。そして、その整合感という言葉すらをも突き抜けて覗いてくる各メンバーの強烈な個性。当時、ゆがんだ解釈のエスニックや陳腐な形のオリエンタリズムが横行している中、誰よりもそういった国籍を超越したサウンドを自分達の血や肉として身に付けていることを証明してみせた。意外だったのは、それまでのライブで接していたパワフル一筋のイメージばかりでなく、しっとりと静かに聞く者の心に滲み入ってくるような叙情的曲も(完成形として)入っていたことだ。これによってPINKの持つ懐の深さ、底辺の広さを知らしめることにもなった。

そして2nd.アルバム『光の子』(’86)では、そういった一曲一曲に見られたバンドの力量としての深い部分をより共振させたスピード感のある仕上がりで、色彩感覚豊かな楽器の絡み合い、限りなくあふれ出す鋭利な歌詞の切れ味が、総天然色からモノトーンまでの曲調の振幅をより広げる形になった。

ここでPINKがアルバム作り、そして曲作りの時に必ず押さえている点について、強烈に炸裂するハードでポップなダンス・ナンバーと、音数少なくメロディー・ラインの起伏を抑えた静かで叙情的なナンバー、という両極端の曲調のバランスをとる、というポリシーが挙げられる。つまり、中途半端に思わせぶりな曲はやめて、正攻法で勝負、というわけだ。アレンジ先行の日本の音楽業界、特に歌謡曲界のあおりをモロにくらった形の現在のロック・シーンにおいて、曲として聞ける曲ーーーギター一本、ピアノ一台で聞ける、本当の意味での曲―――というものがすっかり姿を消してしまいそうなこのシーンにあって、ほとんど唯一と言える「曲の良さ」を持ったバンドがPINKだからだ。そしてもちろんアレンジにおいては、並々ならない個性と才能を持ったメンバー揃い。各自の楽器が主張する色の濃さに耳が行きがちだが、瞬間瞬間で鳴っている音を縦に割ってみると、そこにはまぎれもなくロックのダイナミズムが息づいているのが解る。ファンクのグルーブや、民族音楽のプリミティブな部分、グラムやサイケの色彩感覚、等々あれこれPINKの持つ音楽性の要素としての指摘はあるが、形式はどうであれ、つまる所PINKはロック・バンドだ、ということだ。
形式にとらわれていると見過ごしてしまいそうな点だが、スケールの大きなアーティストやバンドは必ずここでしっかりと自己主張している。だからツェッペリンはアコースティック・ギターでもハードロックをやれたし、スライ・ストーンはチープなリズム・ボックスでもファンクを実践してみせた。よく耳を澄ませば、PINKからロック・バンドとしてのある種見えない力が全体からみなぎっているのを感じとることができる。

ロックバンドとしてのダイナミズムにさらに遊び心を加えると共に、ほとんど静寂に近い枯淡のバラードをも備え持った3rd.アルバム『サイコ・デリシャス』(’87)。確固とした土壌を持つ彼らの音楽性に共鳴した、イギリス屈指のミキサーでありプロデューサーでもあるスティーブ・ナイの手によってリミックスされた12インチ・シングル『トラヴェラー』がここから誕生した。

そしてPINKはこれから4th.アルバムのレコーディングに入ろうとしている。これは今までになく各メンバーの個性を前面に打ち出したものになりそうだ。一曲の中でメンバーの個性がせめぎ合うというよりは、曲ごとにフィーチュアされる人間が変わるという方法がとられるかもしれないという。各メンバーの自己主張が強いだけに、それを無理に押し込めないで全開していこうという、考えようによっては新展開ともとれるやり方だ。

決してユニットやセッションで自己完結したりしない。それでいて伸縮自在なバンドとして今まで多面的な輝きを放つ魅力的なバンドとしてやってきただけに、そういった新展開で得られるさらなるお互いの音楽性の深化とその広がりを考えると、まだまだPINKの行方は計り知れない。
そしてそれはとりもなおさず、日本のロック・シーンの行方でもある。

(文・藤見 浩/写真・植田 敦)