3rdアルバム「PSYCHO-DELICIOUS」

85年のファースト・アルバム発表以来、懐深く高い音楽性を抱え込みながらシーンに刺激を与え続けているサウンド集団・PINKの3rdアルバムがリリースされる。”精神的においしい”と題されたこの新作、はたしてどんなデリシャスな音空間が実っているのか。ロンドンでのスペシャル・ギグなども成功させ、ますますグロウ・アップするPINKに今一度熱い視線を送ってみたい。(文:高橋竜一)


ロックというスリルに富んだ音楽が生まれてから20年、時代は再び、あのころの匂いを漂わせている。例えば、サイケデリックやR&Bの再浮上。クールでスマートなものよりも”入り込んだもの”、スタイリッシュなものよりも”スピリチュアルなもの”へと、好みが傾きはじめている。ちょっとまえなら「浮遊感が面白い」などと言えたのだが、今は、テクノロジーと情報によって埋め尽くされたつかみどころのない世界が、現実のものになっている。だから、ポップ・ミュージックにスリルを求める人たちが、表層的なものよりも一歩内側へと入り込んだ音に気持ちが移るのも当然だと思う。

PINKはこうした時代の変化のなかで急速に輝きを増しているバンドだ。形にとらわれない音楽性と、官能的とってもいい強力なバイブレーションを持ち合わせている。日本のバンドは、スタイルの組み合わせで音楽的なアイデンティティーを確立するケースが多いが、彼らの場合は少し違う。まずはじめにバンドのバイブレーションがあり、それを形にする、といったベクトルが見える。PINKは、日本のロック・バンドのなかでは異色といっていいほど独特な存在感を感じさせるバンドだ。形よりも精神的なものが柱になっている、という点では欧米のロックをほうふつさせる。PINKは、デビュー当時から異色の存在だった。これは逆説めいているが、いわゆるニューウェイブの部類に入るのに、例えばツバキハウスのようなスノッブな空間を得意とし、ライブハウスが似合わないバンドという不思議さを持っていた。「PINKっていいね」とは言えるものの、では、彼らはどのジャンルに入れられて、どういうふうに良いのか、そういうところを素通りして、いきなり感性や体に効いてしまう。そんなロックの体質にうったえかけるバンドだった。

’83年のデビュー以降、彼らのエネルギーは確実にオーディエンスのヘッドやボディをつかんで、またたくまに動員力を上げてゆく。
’84年に入りEPIC・ソニーと契約。リリースされた2枚のシングルでは、ライブでの強力なダンス・ビートを押さえて、イマジネイティブな面を強調、ファンにレコード・アーティストとしてのPINKを示す格好の材料になった。

が、ファースト・アルバムは、ムーン・レコードに移籍後制作された。’85年5月に同名アルバムをリリース。『PINK』は、冒険心いっぱいのサウンドを示し、ロックの閉塞状態を吹き飛ばすアグレッシブな存在として、マニアの耳をひきつけた。今聴くと、このファースト・アルバムは、単なる気持ちよさでは終わらない、という強い意志が感じられるが、どこか若さが災いしているようなところがある。もちろん、彼らの一筋縄ではいかないコダワリが、新しいロックの局面を作るという読みを含んだうえで・・・・・。

実際、PINKがオーバー・グランドに浮上したことによって、表面化していなかった彼らの周辺のシーンも浮かび上がってきた。そこには、ちわきまゆみ、バナナ、RA、ショコラータ、板倉文など、才能を感じさせる人々が集まっていて、PINKの数人が大沢誉志幸のバックを務めたことから、いわゆるセッション・ミュージシャンも含め、さらにシーンは拡大し、日本のポップ・ミュージックに新しい水路をもたらした。

セッション・ワークも含め、PINKは、より柔軟な姿勢をとりはじめる。’86年2月にリリースされたセカンド・アルバム『光の子』では、若さにまかせていた前作とは打ってかわって、堅さのとれたサウンドを展開し、巾広い層にアピールする要素を持ち込んでいる。押しだけでなく引きも加わったPINKのレパートリーが、ライブでより大きなスケールを生み出すマテリアルになり、ホール・コンサートでもすでに器が小さいような、そんな印象を与えるようになった。

’86年は、PINKの歴史のなかでも活動量が格段に多い年だった。3月から5月までのツアー、5月に12インチのリリース、6月から9月までアルバム・レコーディング。そして10月には渡英してロンドンでギグを行い、11月、イギリスRIMEレコードより12インチと7インチのシングルのリリースとニュー・シングル〈KEEP YOUR VIEW〉のリリース、12月に東京と大阪でコンサートという具合に、期待度がそのまま活動量に結びついたような1年だ。


昨年の11月17日、PINKは英国で12inchと7inchのシングルをリリースした。レーベルはRIME RECORD、楽曲は〈SOUL FLIGHT〉と〈RAMON NIGHT〉のカップリングで、〈SOUL~〉は英語で歌を入れ直し、新たにリミックスしたバージョンだ。そのプロモーションを兼ねてPINKは渡英。10月7日にロンドンでGIGを行った。場所はかのウェスト・エンド、地下鉄駅のトッテンハム・コート・ロードから歩いて1分の『BUSBY’S』というクラブで、プリンスやストーンズもシークレットGIGに使ったというトレンディなスポット。当日は音楽関係者を含め何と約400人もが集まり、この東洋の神秘的なバンドを見てやろう、となかなかの盛りあがりだ。PINKは約1時間のプレイを披露したが、そのタイトでシャープなサウンドに聴衆はすっかりドギモを抜かれた様子だった。また今回、ブライアン・フェリーやXTCなどを手がけたことで知られるスティーブ・ナイに12inchのミックスとリミックスを依頼、非常に完成度の高いものになったという。こちらも実に楽しみだ。

そして、1月26日にはサード・アルバムの『PSYCHO-DELICIOUS』がリリースされる。タイトルは”心理的な美味しさ”とでも訳したらいいのか、とにかく、前述した時代の様相とピタリと重なるネーミングだ。それは、そのままPINKの音の本質を突いている。エスニック音楽の要素やファンク・ビートなど、そうした様々なマテリアルがすべてPINKの音としてまとめ上げられている。そのときに、聴き手に届くのは官能の響きだ。ぜい肉をそぎ落としたような骨太な音。でもものたりなさがまるでない。逆に、伝わるものは、より強く焦点の定まったものだ。1作目、2作目を通過したあとにやってくる研ぎすまされたものを感じさせる。メイキャップのゆきとどいた音が多いなかで、ここでの彼らは、徹底してシンプルさを追い、他には真似できない独自の境地に達しているのだ。

「驚異のダンス・ビート・バンド」「天才音楽集団」などなど。これまでにPINKは、いろんなレッテルを貼られ、様々なイメージで語られてきた。しかし、そうしたワクグミも今のPINKには必要ない。形にこだわらずに、直接的に聴き手のヘッドとボディに伝わる音楽をやっている。形を求める音楽には手ごたえがない。しかし、イメージと官能が作用した音には、確かな手ごたえがある。彼らのロックが新しい波を生み出す。

「アドリブ」1987年2月号掲載

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