MUSIC STEADY掲載記事(1983年12月-1月合併号)

 

「伝えるための道具」としての特性が確立されてきたカセット

いま、カセットはおもしろくなってきている。ブームとして、ということではなく、メディアとして、ということでもなくやりたいことをやりたいようにと考える人たちがカセットを使ってやろうとしていることがおもしろくなってきているのだ。
レコードの再生装置よりもはるかに普及しているはずのカセット・テープの再生・録音装置が、レコードのコピーやエア・チェックにしか使用されていなかった。カセット独自のソースがなかったのである。しかし、カセットの手軽さ、便利さは、つくる側にも、聴く側にも、大きな魅力であるはずだ。
それは、カセット・ブックやカセット・マガジン、自主制作カセットなどの形で、何かを表現しようとする人たちを生んだ。あたりまえの存在として、活用されていなかったカセットを、表現の手段として選んだ三つの形をリポートしてみたい。

 

Ⅰ.自主制作カセット

近ごろは、多少おさまった感はあるものの、聴き手の側に一種の自主制作レコード・ブームと呼んでいい状況があった。自主制作レコードであれば、手あたり次第に買いあさる少年たちが出現したり、プレス枚数の少ないレコードに、数千円から数万円のプレミアがつけられて売買されたり、実際に刻み込まれた音を離れた部分でさまざまな話題を呼び、情報が飛びかう状況となった。また、それは大手のレコード会社からリリースされ、聴かれるレコードたちから比較すると数のうえでは微々たるものではあるが、市場が形成されることにもなった。

そこに、カセットは登場した。ひとつは自主制作レコードをさらに規模縮小した自主制作カセットとして。そして、もうひとつは、京都の”スケーティング・ペアーズ”というカセット・レーベルがリリースした『B-Lives』という一連のカセットのように、そのフット・ワークの軽さと即時性、記録性を活かした、カセット独自の企画として、さらには、非常階段の10本組カセットのように、聴きたいという意志のある人だけに、その記録を届けるという、一種のコピー・サービスのような形もある。

自主制作レコードや自主制作カセットの制作にも関わっている関係者は、
「やっぱり、小まわりがきくというのが大きなメリットだと思う。数の点だけでいうと、レコードよりもさらに少ないわけだし。色々とリリースされたものを聴いていると、音の点ではレコードになっているものよりかえっておもしろいものが多いような気がする、未完成なものや、実験的なものも多いし、パッケージにも遊びが感じられるものがあるし。カセットという形で、いろいろな人がどんどん表現をしていくのは、とってもいいことだと思う。ただ、そういった形で量が増えてくると、当然質が問われることになるし、つくる側も、ただつくってレコード屋さんの店頭に並べるだけでなく、その先の、どうやって聴いてもらうかのアピールも考えていかなくてはいけないし」(テレグラフ/宮部知彦)
といった内容のコメントをしてくれた。

やはり問われるべきはその質である。単なるブームに終わらせてしまわないためにも、適当な内容を、とにかく出してしまう、といったことにはならないようにしてほしい。それと、情報の発信である。実際レコード店の店頭にズラリと並べられたカセットがそれぞれどんな内容なのかをすべて知っている人は少ないはずだ。知ってる人だけに聞いてもらえばいい、というものでない限り、何らかの形で少しでも多くの人に情報が届けられることを望む。

 

Ⅱ.カセット・ブック

書籍「夜想」のスペシャル・イシューという形でリリースされたEP-4の『制服・肉体・複製』を出発点に、坂本龍一の『Avec Piano』(思索社)、フュータス・プロダクションズの『パーフェクト・プロダクト』、チルドレン・クーデターの『チルドレン・クーデター』(ともにB-Sellers)という4つの作品が現在のところ、カセット・ブックとしてリリースされている。カセット+(プラス)本 でも 本+(プラス)カセットでもない、カセット・ブックは、とりあげるアーチストや、その企画の自由さ、柔軟さにおいても注目を集めている。これらのカセット・ブックの企画・制作に携わっているペヨトル工房に話をうかがった。

「いま、8m/mフィルムには、モノクロがないんですよ。全てカラーになってしまっている。しかもその8m/mもビデオへと移行しつつある。でも、モノクロの8m/mでしか表現できないことってあると思うんですよね。カセット・ブックは、8m/mのモノクロと同じく、カセットでしかできないことをやろうと思ってるんです」

たとえばそれはEP-4のライブ。スタジオでしかできない技術を使うレコードとは別の、おそらくはそのステージでしか出ていない音をとらえて、それをその音がでてくる背景にある思想、アーチスト自身の思想と深くかかわるビジュアルや文章と結びつける。

「本とレコードのファンをドッキングさせたかった。たとえばEP-4の支持層は書店層にもいるわけだし。レコード店に通うEP-4のファンと、書店に通うEP-4のファンを結びつけたかった」

ただ、彼らはカセットだけにこだわっていくつもりもないそうだ。もちろん、そこでは音が主役である以上、サウンド的にカセットでは不満なもの、レコードでなければいけないものに関しては、レコードで制作してゆくそうである。やはり、ここでも問題としているのは内容である。何かを表現したい人がいて、その表現を伝えられる範囲でより正確に、よりふさわしい形で聴き手に届けるために、カセット・ブックは生まれたのだ。

「カセット・ブックはアーチストとペヨトル工房が協力して企画したひとつの作品です。アーチストの知名度とは関係のないところで、作品の出来によって評価されるラウンドをここに確立したいと考えています」

 

Ⅲ. カセット・マガジン ”TRA”

ニューアーチスト・カタログと銘うたれたカセット・マガジン”TRA” は1982年の夏号からスタートしている。ARTをひっくりかえしてTRA、スタート時のメンバー3人のトライアングルにもひっかかるし、「トラ」と読んだ時に日本語の響きがあるのも気にいって名付けたそうだ。ファースト・イシューに収録されたのは、立花ハジメ、ZAZOU、SPOIL、LIVE AT MOUNKBERY’S、この音楽と本の留守番電話テープと平野威馬雄氏へのインタビュー。特集中心のマガジン、といった仕上がりだった。28ページのブックレットは大半が広告で占められている。制作のTRA・PROJECTに話をうかがった。

「何かやりたいね、から始まった。ビデオをやろうか、とか言ってたんだけど、カセットならできるんじゃないかってことでカセットを始めたんです。これから活躍するアーチストたちを、総合的に紹介するために、音とビジュアルが必要だった。音とビジュアルのカルチャー・マガジンにしたかった」

たしかに1号目の立花ハジメやSPOIL、2号目のメロンやサロン・ミュージック、3号目のヤン・トミタ、東京ブラボー、ワールド・スタンダードといった活きのいいアーチストをこの”TRA”で知った人も多いはずだ。さらに、CM入りテープ、凝ったアート・ワークなど、新しい試みや感覚も、ファンを惹きつけている。

「要するに趣味でやってるんです(笑)。今僕らがやっていることが受け入れられて、拡がっていけば住みやすい世の中になるという(笑)。それが結果としてみれば芸術運動になってると思う。やり始めた時にはそんな気はなかったけど、聴いてくれる人がいて共鳴してくれる人がいて、”TRA”自体もどんどん登ってゆくから。ただそれは今まであった”芸術”ではないし、今とり沙汰されている”アート”でもない。それが”TRA”の名前の由来でもありますけど。あと、啓蒙でもないし。啓蒙なんてされたくないし、するのもイヤだ」

アーチストは”TRA”という発見の場を中心にして、持ち込みで、スタッフがライヴを見て、また独自のルートによって海外からも集まってきている。そんなアーチストをより詳しく紹介するために ”TRA SPECIAL” が始まった。ショコラータを第一弾とし、ドイツ音楽(『ドイツVOL.1』ベルリン特集)をリリース、さらに年内には中西俊夫もリリース予定されている。さらにカセットや写真だけでは紹介できないアーチストの作品にじかに触れて、買ってもらえるためのアートショップ ”TRAMART” へと、カセット・マガジンから始まった”TRA PROJECT” は発展しつつある。

「もっといろんなカセット・マガジンがあっていいと思う。”TRA”としては、あと何年かやって、その時点でほかに出てきてるか出てきてないかは関係なく、別のメディアを生み出せるのがいちばん望ましい。カセット・マガジンはその第一段階だね」

たしかにカセットはおもしろくなってきている。これからはさらにさまざまな分野の人たちがさまざまな内容、方法でカセットにアプローチしてくることが考えられる。カセットは単に表現を伝達する「手段」でしかない以上、何を、どうやって、どのように表現してゆくか、送り手側の意志がはっきりとしていれば、音を中心に可能性はさらに拡がるはずである。自主制作カセットや、カセット・マガジン、カセット・ブック百花繚乱の時代は、はたして訪れるのだろうか。

(リポーター/堀 ひろかず)

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