エフェクトの光が飛び交う

CM情報誌の特集「話題のCMは、こうしてできる」の中で、PINKの「KEEP YOUR VIEW」が流れる日立マクセルビデオテープのCM制作の舞台裏が紹介されている。

 

マクセル・ビデオテープのCMと言えば、宮崎駿デザインの宇宙船が飛び交ったり、ナイアガラの滝を素材に5層構造という商品特性を印象づけるなど、ヴィジュアルショックで僕たちの目を楽しませてくれた。そのテープの磁性体5層構造が、さらに冴えて、収録された画像が退色しにくくなった。
そこで新しいCMは、従来の色再現の良さを訴求するだけでなく、何度再生しても変わらない色が得られるという商品特性を強調するつくりになっている。
キャッチコピーの K・E・E・P は、その商品特性を代弁している。つまり、キープ→保つ→感動密封保存。言いやすく覚えやすく、しかも「場所をキープする」「ボトルをキープする」など、最近は日常のいたるところで耳にする親しみのある言葉をキーワードに仕立てた。
企画のおおもとが、ヨーロッパの古い街に存在する情念が炎と化し、人間にまとわりつくという設定だったので、撮影はイタリアの古い重厚な宮殿跡といった場所で行われた。画面づくりは、常に光が目立つように暗い場所を選んだり、フィルターで暗く色をおとしたりしている。
タレントは、最近男性に人気の鳥居かほりを起用。彼女の清楚な顔つきと、上品な雰囲気が、古都のイメージに合ったというのが、その理由だ。
彼女は歌舞伎の黒子のような姿で画面に登場し、古都のたたずまいに溶け込むように立っている。それはまるで”都市の妖精”のように見える。
完成CMのストーリーは、その黒子が、遠目から古い街並みを横切ると、次は噴水のある風景へと変わる。噴水の守り主の口からは、水ならぬ炎がたれている。次には城壁(のよう)の前で、黒子が炎の輪を回し、駆けて行く。後半は鳥居かほりさんのアップが中心。上半身の輪郭に炎が走り、持っているハイビスカス(注:原文のまま→正しくはアンスリューム)の花にも炎が走ると、その花は彼女の手を離れ、年の狭間へと落ちてゆく。花が落下すると、まわりを取り巻いていた炎の輪もくだけ、あたりの壁に激しく飛び散り、そして都市を徘徊する。
ラストカットは、アップの鳥居さんの目の前を、テープメリットの5層構造を暗示する炎の帯が横切っている。彼女が、その炎をブラインドのように上下に押し分けて、顔を現わすシーンで終る。

このCMのポイントは、光と影をどう表わすかにある。光と影を同じ画面の中で生かしきる事は、技術的に難しいので、あらかじめ少し暗い影の都市を撮影し、そこにアニメの炎を合成するという方法をとっている。さらに生き物のような光の動きを出すために、画面のリズムと時間の細かい流れまで計算して合成した。
炎を実写ではなエフェクトにするので、ロケではあらかじめ炎の入る部分をコンテの上で充分に計算し、撮影にかからなければならなかった。そうして撮影したフィルムを日本に持ち帰って、アニメーションスタッフルームの手によって炎を合成した。
企画の段階で、炎に盛り込む要素は、若者が未知の映像に触れる時の、心のドキドキした感じということだった。そういう心情の炎なので、レーザー光線のような均等な光の線では人の体温は感じられない。スタッフルームでの作業では、従って、心のゆらめきをそのままに、言葉どおりの「ゆらめく光」を作ることになった。

 

光の色は、心の色・情念の炎を表現し、芯に黄色い核を作り、その周囲にはほのかな赤い炎をゆらめかせた。
都市を炎が飛び回るシーンでも、水の飛び散る動きなど、自然物の動きのシステムをうまく取り込んで、生命を持った炎の表現が獲得できた。
最後のシーンの鳥居さんの目の前を5層の光が横切るシーンは、2つのアイデアが最後まで残った。
CM本篇に採用された5本の炎を押し分けるものと、炎の層が風のように顔に吹きつけられ、違った方向へ流されてゆき、最後には5本の炎となるアイデアの2通り。どちらも炎の特質をうまく捉えている。
最終的には、鳥居さんの顔の見栄えと、このラストシーンの重要な要素の5層表現のわかりやすさで、上下に押し分ける方が採用され、CMの締めの部分を鮮やかに描いた。
このCMでは、BGMも重要な役割を果たしている。ゆったりと物憂いリズムで進行するPINKの音楽が、画面全体に心地よい刺激を与えている。
このCMにおける最終コンテの役割は、極めて重要で、エフェクトの演出コンテは特別に用意されていない。全てこの最終コンテからイメージを得て、作られたのだ。
ただ1枚の絵コンテの絵柄が、クリエーターの手によって、こんなイメージ豊かなCMになるという例がこのKEEPのCMに象徴的に出ている。彼らの手並みは、まるで魔術師のようだ。
(電通+キャップ)

最も初期のコンテの一つ、光の筋は、人間のまわりと、人間が触れたものだけに限定されている。
コピーも、「ずーっと燃えてるんだ、年なんか取らないぜ」と仕上りとはかなり違い、燃える事にかなりこだわっている。設定も未来の都市風だ。


演出に使用された、最終的なコンテ。コンテの左下には、そのコマの秒数が記入されている。エフェクトとして挿入される光の飛ぶ様子が、細かに記入されている。
画面から、光の飛ぶテンポの計算されたうまさが、うかがえる。コピーも「ずう~っとね」という、シンプルだが、キープの意味を端的に表したことばに変っている。

CMのタレントには、今人気の鳥居かほりさんが選ばれた。彼女の清楚な顔つきが、ヨーロッパの古都とマッチしたというのが起用の理由。
普段白のイメージが強い彼女に、あえて黒い衣裳を着せ、清楚で神秘なイメージを出す。

宙に浮いた花の回りを炎が這うシーンの撮影に使われたハイビスカス(注:原文のまま→正しくはアンスリューム)。カメラの三脚に結びつけられて宙に浮いている。花の鮮やかな赤は、炎と結びついて相乗効果を生んだ。

鳥居かほりさん登場の場面の撮影。仕上がりのフィルムを見ると、日の出の前の町のように薄暗いが、実際は明るい町をフィルターをかけて撮影している。何段階にもフィルターを分けてかけ、適正な明るさを得ている。
後ろにはギャラリーが物めずらしそうに集まっている。

右のコンテをもとにして、炎のアニメ画を描き、鳥居さんのカットと合成した。

下図は、ポスター用の素材で、鳥居さんの背景の炎は、動かす必要がないので、実際のネオンを使っている。

「CM NOW/シーエムナウ」1987年春号掲載

 


こちらの動画が、記事で紹介されているバージョン。
「5層構造テープだから、感動密封保存」


こちらは別バージョン。鳥居かほりのアップ中心。
「5層構造テープだから、感動をいつまでもキープ」


15秒バージョン
炎の輪を回しながら画面右から左に横切っていく人物が挿入されている。

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