昨年10月のロンドン・ライヴの熱も冷めやらぬうちに行われた、PINKのプロモーションVTR撮影。暮れあたりによく放映されていたので記憶に残っているかもしれないが、モノクロでメンバーのバスト・ショットが次々と現れては消える、美しい画面が印象的なクリップ(「KEEP YOUR VIEW」)だ。ちょっと古い話になってしまったが、昨年の10月29日(水)に、東京は調布にある大映撮影所での製作の模様を、(ほんの一部だけれど)レポートしてみたい。

現場に到着したのは午後2時前後。今にも雨の降り出しそうな空の下、スタジオを探り当て、中に入ってみるともう撮影は始まっている。この日はスタッフ、メンバー共に8時集合とうことになっており、午前中からの張りつめた空気が、ドアを開けた瞬間から身体を包み込む。
床と壁を白いホリゾントにしてあり、あとは照明だけ、という至ってシンプルなセット。モノクロ画面だけに、照明の加減が非常に重要な役割を果たすことになる。
朝から1人ずつのバスト・ショット撮り。三脚のすぐ足元に置かれたモニターTVを見つめるカメラマンの鋤田正義と、脇を固める照明のスタッフが真剣な面持ちで語り合っている。モニターTVにはセットされたキーボード(コルグの年代もの)が映し出され、少し離れてホッピー神山氏が座って出番を待っている。待ち時間、この前参加したルースターズの話をしたりしているうちに、ホッピーが定位置についてリハーサルが始まった。脇にあるモニター・スピーカーから「KEEP YOUR VIEW」が流れ、それに合わせてアテレコで弾くポーズをとる。リハーサルでフィルムを回してみて、プレイ・バックを見ながら微妙な照明の具合やアングルを変えてみる。
何度かそれが繰り返されるのを見ているうちに他のメンバーに会ってみようと思い、スタジオをひとまず出て、メンバー達が待機している楽屋へ向かってみる。楽屋とはいってもプレハブ小屋よりちょいマシな程度の建物。中には毛布にくるまって寒そーにしているエンチャン、岡野ハジメ、完全に寝ていると思われるカメさん、スティーヴの各氏。部屋は全然暖房が入っていないので、「寒いよー」、「飯場だよー」、「これじゃタコ部屋だー」、「そりゃ言いすぎだよー」、を口々に唱えている。
いやいや、撮影所というのはこういう所なのかもしれない。ホンの数分間、数秒間の出番のために何時間も何日間も費やして制作される、という点ではレコーディングも同じだが、ここではミュージシャン達は素材に徹しなければならない。あくまでもスタッフ・サイドに重要なポイントが置かれる。
にもかかわらず、そのプロセスよりも結果だけで出来を判断される、という点では同じだ。当たり前のことだが厳しい現実。まず絶対に予定の時間内では終わらない。レコーディングや撮影のサポートをひたむきに努めるスタッフが報われるのは、しかし、やはり結果の出来しかない。麻生香太郎のような言葉の1つも言ってみたくなる・・・。

しばらく雑談してから、再びスタジオに戻ってみる。
今度はカメさんがドラム・セットの前に座って、ディレクターの中野さんの指示に応じて細かくハイハットの位置を動かしたりしている。実際のステージと違って、シンバル、タム類はバスト・ショットの場合ジャマなので、次々と動かしてみるわけだ。手元のアップ、スネアを叩く瞬間、シンバルを止める箇所、などを部分的に撮っていくが、これもまた照明の微妙な変化でかなり雰囲気が違って見えるため、念入りにライトのセッティングを調整する。陰影がそのまま画面に奥行きとして現れるので、ここに一番時間がかかる。ベストと思われる位置で撮影してみて、念のため全く違うライティングに変えて撮ったりと、ひたすら時間とカンの勝負だ。
そしてクレーン撮影。ドラム・セットをフルに組み立てた真上を平行移動しながら撮影していく。これもまたクレーン専門のスタッフが数人いて、何度もリハを重ねてタイミングをつかんでから撮影に入る(しかし、このショットは結局使われず、クレーンはバンド全体のショット部分のみとなった)。

そうこうしているうちにほとんど夕方になってしまい、こちらは時間の関係で引き上げざるを得なかったが、撮影そのものは翌朝近くまで続いたそうだ。
そして後日の編集・・・までは付き合えなかったが、出来上がった完パケを観ると、楽屋で疲れ切っていたあのメンバー達の姿がウソみたいに、生き生きと映し出されていて、正直言って驚いた。とくに前日ちわきまゆみのライヴの打ち上げで当日の朝5時まで盛り上がっていたという岡野ハジメと、スタジオ内でもホッピーとふざけ合っていたスティーヴの2人はやたらカッコイイ!

徹底的にシンプルでありながら、曲の持つ抒情的な雰囲気を最大限に活かした、この「KEEP YOUR VIEW」のクリップ、何度観ても飽きのこない秀逸な映像で、記念碑的な作品となるだろう。

写真提供:(株)タイレル・コーポレーション

「Player」1987年2月号掲載

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