●ケース2・松浦雅也

「ハイテック・ヤクザですね、ぼくらは」と表情も姿勢も崩さず言う松浦雅也はサイズ(PSY・S)の片割れ。ヴォーカルのチャカこと安則まみと組んで、85年5月にデビューした。二人とも大阪出身。

松浦が作りだすエレクトロニックなサウンドとユーミンに力強さとファンク味を加えたようなチャカのヴォーカルは、肉感的なシ・ショーネンといった趣き。アルバム2枚と12インチを1枚出している。プロデューサーにムーンライダーズの岡田徹を迎えているが、コンポーザー/アレンジャーは松浦。鈴木賢司とゴンチチの最新作ではアレンジだけでなくミックスにも参加している”メカニックにいちゃん”(byパール兄弟)だ。

「いや、機械に強い必要はないんですよ。ミックスってのはそれまでハチャメチャやってたことをどうまとめるかってことだから」
「アレンジそのものって興味ない。やっぱりプロデュースだと思う。アレンジって要するにプロデューシングのコンセプトがはっきりしててそれを請負うわけでしょ。ところが今のプロデューサーってそんな出来上がる姿が想定できる優秀な人はいないから、結局アレンジャー任せでしょ。そういう意味で素材が持ってる良さを僕流に最大限に引き出せるような形がとれるアレンジだったら楽しい」
と言う口調は冷静で、「運動神経が鈍くてインドアの生活」してた幼少の頃、教室にあったオルガンで目覚め、親に隠れてもピアノを(無料で)習ったところから始まるユニークな過去を偲ばせる。

高校時代にシンセを買い、大学に入るとCMのジングルなどを作るようになった。が、「ハデで明るいヤツ」としか注文つけないCM界に辟易して、「このまま適当に収入があって終わるのもいいけど、もうちょっと冒険してみたいな」と思い、フェアライトを購入。「そしたらすごく歌がやりたくなって」、アフリカというファンク・バンドのメンバーだったチャカにヴォーカリストの白羽の矢を立てる。

「チャカがどんな私生活してるのか知らなかったし知ろうともしなかったし、ただ歌うというその能力だけを提供してほしい、と」
ただし「お仕事」にするのではなく、「お前が素晴らしい歌を歌わねえんだったら俺はいい曲書かねえぞ、俺がいい曲書かなかったらお前は歌わなくていい、という部分では完全に運命共同体的。その基本に音楽がある。昔はそれがすぐ私生活に置きかわったりするからハイテックじゃなくなる。今はその部分しか手を握れる場はないんだって前提をつくっちゃって、そこでいかに情念が燃え上がるかどうかですよ」
これがハイテック・ヤクザな関係。チャカに確認したところ、結成して4年になるが二人でお茶したことは1回しかないそうだ。

結成当初は「いかに洋楽みたいな曲を作るか、つまり輸出仕様車みたいなもの」を目指していたが、1作目を出した後は、「さだまさしの歌を聴いてほんとうにさださんの歌って素敵だわと言ってる女の子に、どうやってサイズを聴かせるか」のほうが重要と路線変更。だから「黒い網タイツはいてホテルのロビーにタムロしているような人はどうでもいい」。

大阪は溜める街、東京は吐き出す街と割り切って、週1回NHKの番組の収録に上京する。学生の時に作ったスタジオのオーナーであり、今もそこを本拠地にし、ホーム・グラウンドを東京に移す気持ちは「全然ない。僕は東京でも大阪でもなく日本で活動している」。
「外からの刺激に興味ないんです、昔から」のせいかライヴは小ホールで過去3回だけ。マイナーかメジャーかわからないところが妙にスケールの大きさを感じさせる。

 


PSY・S「Angel Night」(松浦VSイマサ)

<<(1)に戻る / (3)へ続く>>